昼食後、急遽、外出することにした。
次の日からまた天候不順の日が続くと知ったからだった。
(続き)
jensfelger
a musical advent calendar #13
https://soundcloud.com/jens-felger/a-musical-advent-calendar-13
急な外出であったため、立ち寄るつもりにしていた美術館は残念ながら休み。それに加えて途中で腹痛に見舞われた。外出するのなら、それ相応の準備と心積もりが必要。情けないが、歳をとるというのは、そういうことだ。気持ちのまま動き出しても無理が出てくる。
美術館の前の地図を見ながら気持ちを切り替えた。
夙川河川敷緑地を下って海を目指す。傾き始めた光と翳に包まれた川筋を背景にして美しい人の姿を想い描いていた。
海は思っていたよりも近かった。
目にしたのは予想どおりの光。今も人が暮らすところであるのに、公共広告機構のCFで見た島影が重なる。
どんなものにも終わりはあるのだが、新とか元号に由来する名前を持つものは、急速に古びていく。命名者に、そんな意図があったとは思えないから、単に、これまでの事例から目を逸らしていただけなのかもしれない。神戸にある、新や元号由来の地名、建築物を想い描いても、皆、その例を免れない。
時間は全てのものの上を等しく流れていくから、小規模の物も廃れ壊れていくことは変わらない。ただ大規模な物ほど墓標に見えてしまうのは何故なのか。
20代の後半、海辺に住みたいと熱望していたことを思い出す。夢は叶わなかったが、光と翳に満ちた風景を見ながら、若い頃の夢を思い出していた。
その頃よりも、翳に目が行くのは仕方がないが、光の美しさも際立って見える。